- 全体概要
・「Take It From A Fish」は、AstraZeneca が高トリグリセリド(中性脂肪)に悩む中年男性に向けて実施した“疾病啓発キャンペーン”で、二匹の毒舌スピークスフィッシュ「Marty」と「Sal」が主人公のデジタル施策。
・高トリグリセリド血症のリスクや、食事・運動の改善ポイントを、ユーモラスな掛け合いの動画やコンテンツで伝えることで、「難しくて退屈な健康情報」を“笑いながら見てしまう”エンタメに変換した。
・専用サイト「takeitfromafish.com」と、YouTube・Twitter・Pinterestなど複数のSNSを連動させた統合デジタルキャンペーンとして設計され、家族(妻や成人した子ども)も巻き込んで生活習慣の改善を促した。
・Lions Health(Cannes Lionsのヘルス部門)において、Pharma部門初のグランプリ(Grand Prix)を獲得し、同年のヘルスケア領域を代表するキャンペーンとして位置づけられた。
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- 課題:高トリグリセリド血症と“聞く耳を持たない”オジサンたち
・トリグリセリド(中性脂肪)が高い状態=高トリグリセリド血症は、急性膵炎や心血管疾患などさまざまなリスクと関連するが、多くの人にとっては「よく分からない脂肪の数字」として放置されがちだった。
・米国だけでも約400万人が高トリグリセリド血症に該当するとされる一方、定期的な採血や医師との相談、生活改善まで踏み込めている人は限られていた。
・ターゲットの中心は中年男性で、健康情報や医師の指示よりも「釣り」「スポーツ」「テレビ」といった娯楽への興味が圧倒的に強く、健康啓発コンテンツに向き合ってもらうこと自体が難しかった。
・AstraZeneca は、魚油由来の高トリグリセリド治療薬「Epanova」のローンチを控えており、その前段階として「まずトリグリセリドというテーマへの関心を高める」ことが求められていた(キャンペーン自体はブランド名を出さない“アンブランデッド”構成)。
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- アイデアのコア:魚目線で語る“オレたちの中性脂肪”
・インサイトは「ターゲットの男性たちは健康より釣りの話の方が好き」というものから出発し、“トリグリセリドに最も詳しそうな存在=魚”に喋らせるアイデアにたどり着いた。
・そこで、氷の上に並べられた二匹の魚「Marty」と「Sal」が、中年男性の食生活・運動不足・検査結果について、半分心配・半分突っ込み混じりに語り合う設定がつくられた(いわば“魚版スタンダップコメディ”)。
・動画シリーズのテーマは「Love」「Decision」「Spanish Mackerel」など複数あり、恋愛や家族関係の話題を入口にしながら、最終的には「検査を受けよう」「生活を変えよう」という健康アクションにつなげる構造になっている。
・トーンとしては、医師の説教ではなく、友人同士のツッコミに近い会話で、「トリグリセリドなんて聞き慣れない言葉」を、笑いとセットで記憶に残るポップな存在に変えることを狙った。
・魚たち自身が「オレたちも脂が多すぎて…」と自虐を交えながら話すことで、説教臭さを避けつつ、数字の怖さや改善の必要性を自然に伝えるクリエイティブになっている。
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- 実装:サイト+SNS+動画の360°デジタル体験
・キャンペーンのハブとなった「takeitfromafish.com」では、Marty と Sal の動画シリーズに加え、食事・運動・生活習慣のコツをまとめた記事やチェックリストを掲載し、ターゲット本人だけでなく妻・成人した子どもにも向けた情報設計がなされた。
・YouTubeではショートフィルムをシリーズで公開し、「魚たちの掛け合いを見ているうちに、トリグリセリドとリスクの基礎知識が頭に入る」構成にしたことで、動画完視聴率が一般的な製薬カテゴリーのベンチマーク比で200%(=100%ポイント)向上したと報告されている。
・Twitterでは Marty と Sal がアカウントとして発言し、トリグリセリドや生活習慣に関する小ネタ、いじり、GIF などを定期的に投稿。製薬ブランドの中でフォロワー数4位に入る規模となり、カテゴリー上位のTwitterキャンペーンの一つに数えられた。
・Pinterest では、レシピやヘルシーな食材写真を「魚がおすすめするボード」としてまとめ、ビジュアルを通じて“脂っこい食生活の見直し”を提案する形にしている。
・全体として、テレビ広告中心ではなく、オンライン動画とSNS、サイト体験を組み合わせた360°デジタル=“家のあらゆるスクリーンで出会う魚たち”という接触設計が特徴だった。
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- 結果と議論:高エンゲージメントと、その後のキャンペーン中止
・DigitasLBi の発表によれば、YouTubeの完視聴率は製薬ベンチマーク比で約2倍、Twitterキャンペーンとしてもカテゴリー上位5本の一つになるなど、エンゲージメント指標は非常に高かった。
・業界メディアの分析では、サイトやコンテンツを通じて「高トリグリセリド男性の行動変容を実際に後押しした」と評価され、Lions Healthのセミナーでも「行動変容に成功したファーマ事例」として紹介されている。
・一方で、医薬マーケティングの論評の中には、「アボット&コステロ風のギャグをやる魚」がPharma Grand Prixという最高賞にふさわしいのか疑問視する声もあり、クリエイティブの“品位”や医療情報としての妥当性をめぐる議論も生まれた。
・キャンペーンは2016年に全面中止され、サイトや動画も公開停止となった。AstraZeneca側は、Epanovaのローンチ後の環境変化に伴い、プリローンチ向けのアンブランデッド施策を終えたと説明している。
・この経緯は、「非常に話題になり、賞も取ったファーマキャンペーンでも、製品戦略や市場状況の変化次第で早期に幕を閉じる」という、医薬マーケティングの不安定さも象徴する例として語られている。
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- Cannes Lionsでの評価とクリエイティブ的示唆
・「Take It From A Fish」は、Lions Health 2015 のPharma部門で初のGrand Prixを受賞し、同部門が前年度はグランプリ該当なしだった流れを変えた「ファーマ・クリエイティビティの転換点」として位置づけられた。
・Cannes のプレスコメントでは、「厳しい規制環境を言い訳にせず、デジタルとソーシャルを使って、病気やリスクについて“本当に見たくなるコンテンツ”をつくった」と評価され、規制が厳しいファーマ領域でも大胆なエンタメ表現は可能だと示したとされた。
・また、Clio Health ではデジタル部門のブロンズ受賞、PM360 Pharma Choice など複数のアワードでも表彰され、短期間ながら“デジタル・ファーマの成功例”として各種カンファレンスで繰り返し紹介された。
・クリエイティブ的には、①「魚」というモチーフとターゲットの趣味(釣り)をつなげたインサイトの強さ、②医師ではなく“同じオジサン側の語り手”から健康リテラシーを上げる設計、③テレビではなくデジタル起点で世界観を作り込んだ点が、他のヘルス事例と一線を画している。
・同時に、「死んだ魚をキャラクターにすること」や「ユーモアと疾病リスクのバランス」など、ヘルスコミュニケーションにおける“表現の限界線”について考えさせる事例でもあり、ソーシャルグッド系のヘルスキャンペーンを企画する際の反面教師的な視点も含んだケースとなっている。



