- 全体概要
・「TOUCH THE PICKLE」は、P&Gの生理用品ブランド「Whisper」がインドに根強く残る生理タブーに正面から挑み、「ピクルスに触る」という行為を象徴に据えたソーシャルムーブメント型キャンペーン。
・“生理中の女性がピクルス瓶に触れると腐る”という迷信を逆手に取り、「#TouchThePickle(ピクルスに触ろう)」というメッセージで、若い女性たちにタブーを破る勇気と自己肯定感を訴えた。
・TV CM、オンライン動画、調査発表、イベント、インフルエンサー/セレブの起用などを連動させ、「ただの生理用品広告」ではなく、社会課題に挑むムーブメントとして設計された。
・最終的に約290万人の女性が「ピクルスに触る」誓約に参加し、Whisperのシェア・オブ・ボイスは21%から91%へと急上昇、インド全土で生理に関する議論を巻き起こした。
・Cannes Lions 2015では新設のGlass: The Lion for Change部門でグランプリ、Media部門でブロンズを獲得し、“ジェンダー平等”をテーマにしたキャンペーンの代表例として語り継がれている。
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- 課題・背景:21世紀の都市部にも残る生理タブー
・WhisperとIpsosがインド10都市で行った調査では、13〜49歳の都市部女性であっても、多くが「生理中は○○してはいけない」という迷信を信じており、特に「ピクルスに触ると腐る」というタブーを信じる層が約59%に達していた。
・その他にも「キッチンや祈りの場に入ってはいけない」「髪を洗ってはいけない」「植物に水やりをしてはいけない」など、科学的根拠のないルールが日常生活を制限し、若い女性の自己イメージを傷つけていた。
・都市部・富裕層向けのブランドであるWhisperでさえ、「生理=恥ずかしいもの」という文化に飲み込まれれば、単なる機能広告に埋もれてしまうというマーケティング上の危機感があった。
・そこでブランドは、「生理を隠してやり過ごす」のではなく、「タブーを壊す主体としての女の子」を描くことで、若い女性たちに新しい自己イメージと行動モデルを提示しようとした。
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- アイデアのコア:「触れてはいけないもの」に、あえて触る
・インサイトは「タブーがあまりに日常的すぎて、誰もおかしいと口にしない」という点であり、その象徴として“ピクルス(Achaar)の瓶”という具体的なオブジェクトを選び出した。
・メインフィルムでは、生理中のティーンエイジャーが周囲から「ピクルスに触っちゃダメ」と言われる中で、白いパンツ姿のまま堂々と瓶に手を伸ばし、「I touched the pickle(ピクルスに触ったよ)」と宣言するシーンをクライマックスに据えた。
・「Don’t touch the pickle(触るな)」という世代を超えた戒めを、「Touch the pickle(触ろう)」という合言葉にひっくり返すことで、コピー自体を“文化へのカウンターパンチ”として機能させている。
・Whisperはこのフレーズを単なるキャンペーンタグではなく、女性自身が日常会話やSNSで使える「自分の態度表明のことば」として設計し、ハッシュタグ #TouchThePickle を通じて自分の経験やタブーを語る場をつくった。
・ブランドメッセージも、「生理だからあきらめる」のではなく、「生理でも、やりたいことを止めない」というポジティブな活動の呼びかけに寄せることで、「制限」ではなく「行動」を軸にしたコミュニケーションへシフトさせた。
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- 実装:TV・デジタル・イベントを束ねた“ムーブメント設計”
・第1フェーズでは、調査結果とともに生理タブーの実態をメディア向けに発表し、ニュース・紙面で「現代インドにもこんな迷信が残っている」という問題提起を行った。
・第2フェーズとして、TV・デジタルで30秒フィルム「Don’t touch the pickle」をローンチし、主要都市の新聞一面広告や屋外媒体とも連動させて、「ピクルスに触る」ことを象徴的アクションとしてインド中に可視化した。
・第3フェーズでは、オンラインの誓約キャンペーンを展開し、女性たちに「ピクルスに触る」「タブーを破る」自分のストーリーを投稿してもらう参加型の仕組みを導入した結果、最終的に約290万件の誓約が集まった。
・ボリウッド女優のShraddha KapoorやMandira Bedi、医師・人類学者・メンストラルヘルス系スタートアップMenstrupediaのAditi Guptaらがアンバサダーとして登場し、TEDx Bangaloreなどの場でも生理タブーについて発信した。
・PR面では、BBC、Financial Times、Reuters、Wall Street Journalなど海外メディアにも取り上げられ、国内4大市場での記者会見や寄稿記事と合わせて、約610万ドル相当のアーンドメディア価値と12億インプレッションを獲得したと報告されている。
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- 効果・社会的インパクト:タブーを「語れるテーマ」に変えた
・キャンペーン終盤には、Whisperのカテゴリ内シェア・オブ・ボイスが21%から91%まで上昇し、競合を圧倒する存在感を獲得すると同時に、「生理=話してはいけないこと」という空気そのものを揺さぶった。
・調査およびフォローアップの報告では、「生理について家族と話した」「タブーがおかしいと気づいた」という声が増え、特に都市部の若年層で意識変化が見られたとされる。
・一方で、学術論文やメディアの一部からは、「依然として女性の身体を“きれい/きたない”の二項対立で扱っている」「ブランドの販促とフェミニズムをどう両立させるか」という批判的検証も行われており、フェムケア広告の表現を考える際の重要なケーススタディになっている。
・それでも、難しいテーマである生理の議論を“自分から言葉にしてよいもの”へと変え、後のフェムテック/フェムケア系キャンペーン(例:Bloodnormal など)に続く流れを作ったという点で、影響は大きいと評価されている。
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- Cannes Lionsでの評価とクリエイティブ的示唆
・Cannes Lions 2015では、新設のGlass: The Lion for Change部門でGrand Prixを獲得し、「ジェンダー不平等を変革しようとするキャンペーン」の象徴的な初代グランプリとして位置づけられた。
・同時にMedia部門でブロンズを受賞し、ターゲットインサイト・メディア戦略・エンターテインメント価値を兼ね備えた統合キャンペーンとして評価されている。
・審査コメントや業界の論評では、「広告主発ではなく、社会課題を出発点に据えたブランデッドムーブメント」「文化に根差したタブーを、ローカルな文脈のまま世界に伝えた点」が特に高く評価された。
・クリエイティブの観点では、①“ピクルス瓶”という極端に具体的なメタファーで巨大な問題を象徴させたこと、②30秒のマスCMとソーシャルアクションをひとつのシンプルなルールでつないだこと、③リサーチ→問題提起→行動の呼びかけ→参加ストーリーの回収という「ムーブメントの型」をきれいに構成したことが学びとして挙げられる。
・同時に、“商品を売るブランド”が“社会運動的なメッセージ”を掲げるときの期待と責任、そしてその後の継続的な取り組みの必要性について、業界全体に長期的な議論を促した事例でもある。



