- 全体概要
・「LOOK AT ME」は、Samsung と Cheil Seoul が自閉スペクトラム症(ASD)の子どもたちの“目を見て話す”力を育てるために開発した、スマートフォン用トレーニング・アプリとそのキャンペーンである。
・自閉症の子どもたちは目線を合わせることが苦手だが、スマートデバイスの画面とは長時間関われるというインサイトから、「カメラ遊び」を通じてアイコンタクトや表情読み取りを練習できるインタラクティブ・アプリとして設計された。
・ソウル大病院・延世大学の研究者や臨床心理士と共同で7つのミッションが開発され、1日15分×8週間のプログラムとして世界中に無料配布された。
・キャンペーンは、アプリ自体のローンチと、臨床試験に参加した親子のストーリー動画を組み合わせたブランドアクションとして展開され、Cannes Lions 2015 で Cyber Gold を含む5つのライオンを受賞した。
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- 背景:ASD児のアイコンタクトと支援環境のギャップ
・自閉スペクトラム症の診断項目には「2秒以上のアイコンタクトを保てるか」といった基準があり、多くのASD児にとって“目を見る”こと自体が大きな困難になっている。
・目を見て話せないと、感情の読み取りや他者との関係づくりが難しくなり、家族や学校、社会とのコミュニケーションに長期的な影響を与える。
・一方で、専門の病院・療育施設・プログラムは世界的に不足しており、費用も高額なため、十分なトレーニングを受けられない家族が多いという現実があった。
・Samsung と Cheil は、「ASD児はスマホなどデジタル機器への集中力が高い」という研究と現場知見に着目し、“家庭でも始められるトレーニング”という形で支援できないかを検討した。
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- アイデア:カメラを“コミュニケーション練習装置”にする
・「LOOK AT ME」は、スマホやタブレットのカメラと画面を使い、子どもが自分や他人の顔写真を撮りながら、視線・表情・感情をゲーム感覚で学ぶインタラクティブ・カメラアプリとして企画された。
・アプリ内には、臨床心理の治療プロトコルをベースにした7つのミッションがあり、目を見て写真を撮る、表情カードを当てる、自分で同じ表情を再現する、などの課題を通じて社会的スキルを段階的にトレーニングする。
・ゲームは「感情を読む」「顔を覚える」「感情を表現する」といった領域ごとに設計され、医師・研究者が監修した4,000以上の表情写真データと18レベルの難易度構成が用意された。
・子どもたちが飽きずに続けられるよう、ロボット・恐竜・宇宙など3つのテーマ、15種類のキャラクター、250種類以上のサウンド、ナレーション付きガイドなどのゲームデザインが組み込まれている。
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- 実装:8週間プログラムと家族参加型の設計
・「LOOK AT ME」は Android 向けに無料配布され、世界のどこからでもダウンロードして使える“最も近いトレーニングセンター”として位置づけられた。
・標準プログラムは、1日15分程度のプレイを8週間続けることを想定し、アプリ内で進捗や達成度が可視化されるようになっている。
・臨床試験では、韓国の大学病院で19人のASD児が8週間のプログラムに参加し、終了後の親への調査で約60%の子どもにアイコンタクトや表情読み取りの改善が見られたと報告されている(あくまで少数のパイロット結果)。
・ミッションの一部は、親やきょうだいと一緒に行う設計になっており、「カメラ(子ども)−画面(アプリ)−家族」という三者のやりとりを通じて、家庭内コミュニケーションそのものを増やすことを狙っている。
・キャンペーンフィルムでは、テストに参加した家族の日常を追い、アイコンタクトが増えたことで親子の関係性にどんな変化が生まれたかをドキュメンタリータッチで描き、アプリの存在を越えた“希望の物語”として発信した。
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- 効果・ブランドインパクトと社会的反響
・Samsung の社内・外部レポートによると、パイロット試験では参加児童の60%にアイコンタクトや表情理解の改善が見られたとされ、アプリはその後、世界中から数十万件規模のダウンロードと事例報告を集めた。
・LBBOnline や Campaign Asia などのメディアは、「商品プロモーションではなく、テクノロジーで生活者の問題を解決する Samsung の姿勢を体現したCSVプロジェクト」として紹介し、Samsung の“Meaningful Innovation”路線を象徴する事例として位置づけた。
・一方で、医療・発達領域の専門家の間では、「サンプル数が少ないパイロットであり、長期的な効果検証は今後の研究課題」といった慎重な見方もあり、アプリ単体ではなく従来の療育や家族支援と併用する形が望ましいと指摘されている。
・それでも、「デバイス依存」と批判されがちなスマホを、逆に“コミュニケーションを増やすための道具”へ反転させた発想は多くの議論を呼び、後続のデジタル療育・ゲーミフィケーション系プロジェクトにも影響を与えたと分析されている。
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- Cannes Lionsでの評価とクリエイティブ上の示唆
・「LOOK AT ME」は Cannes Lions 2015 で Cyber部門のGoldを含む計5つのライオンを受賞し、Samsung が同年・翌年と連続して高く評価される一因となった。
・APACのキャンペーンを紹介する各種レビューでは、「テクノロジー×ヘルスケア×ソーシャルグッド」を統合した代表例として挙げられ、後の Samsung「Safety Truck」や「Back Up Memory」と並ぶ“ヘルス&ウェルネス路線”の基盤とされている。
・クリエイティブ的には、①“製品デモ”ではなく“生活者の課題を解くプロダクト”そのものをつくる、②医師・研究者と協働し、科学的プロトコルをゲームの文法に翻訳する、という2つの姿勢が高く評価された。
・また、「スマホ画面を奪い合う親子」ではなく、「スマホを介して目を合わせる親子」という新しい関係性を描いた点は、テクノロジー表現のステレオタイプを軽やかに裏切るものとして、多くのクリエイターの議論の対象になった。



